ウチの父が右半身不随になって、リハビリをしていたときの話です。
リハビリの出来る国立病院は、仙台の向こう側にありました。
実家は岩手県の最南端とは言え、その病院までは結構な距離です。
ましてや私はその当時、高校を卒業したばかり。
車の免許もまだ取っていませんでしたし、簡単に行けるところではありませんでした。
母は、父のリハビリの付き添いのため病院に泊まり込みになり、私は入学手続きをしたばかりの大学に届けを出し、しばらく休むことになりました。
弟たちは高校生。
祖母も片目を失明していましたし、私が家事をすることになったのです。
そんな5月も終わりのこと、母が運転免許の更新のために一度実家に戻ることになり、代わりに私が父の病院に泊まり込むことになりました。
そこに入院している人たちは、父と同じようにリハビリをしている人たちです。
父は3月に脳梗塞になり、右半身が動かなくなって寝たきりになってしまいました。
体を起こしてあげても、おしりの筋肉が落ちているので、起き上がっていられないのです。
その体をなんとか生活できるようにしようというのですから、大変なことでした。
寝返りの練習、立つ練習、歩く練習、階段を上り下りする練習、左手で箸を持つこと。
片手でタオルを絞る方法。
しかし、そんな大変そうな訓練を、みんなが笑顔でやっているのです。
誰かがクスクスと笑い出すと、それが周りに飛び火して、みんなが笑い出します。
とても明るい雰囲気で、私は胸を打たれました。
自分で歩けるようになること、1人で服が着られるようになること、介助無しでご飯が食べられること。
きっと、そんな当たり前のことが、また出来るようになることが喜びなのだろうなって感じました。
3日という短い間でしたが、その病院で感じ取ったことは私にとって大切な宝物です。
「あの人達の笑顔に恥じないくらい、
精一杯生きているか?」
時には疲れてダレていることもあるけれど、時折思い出しては自分を戒めています。
それから、何でもかんでもやってあげるのは、その人のためにならないんだなって感じました。
その人が1人で出来ないことを、ほんのちょっとお手伝いするくらいで丁度いいということ。
よくその人を見て、何で困っているかを分かって、さり気なくお手伝いしたり、
「お手伝いしますか?」
と断ってから助けてあげるのが、その病院にいてリハビリをしている人たちには重要なことだと思いました。
だって、また1人で様々なことを出来るようになるのが、その人達の目標なのですから。
そんな「優しさ」、人のことを先までよく考えた「優しさ」に憧れています。
難しいことですけどね
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